弐段逆噴射

新三強

1996年 サクラローレル マヤノトップガン マーベラスサンデー
4月21日 天皇賞 1着 横山 典弘 5着 田原 成貴 -
9月25日 オールカマー 1着 横山 典弘 4着 田原 成貴 -
10月27日 天皇賞 3着 横山 典弘 2着 田原 成貴 4着 武 豊
12月22日 有馬記念 1着 横山 典弘 7着 田原 成貴 2着 武 豊
1997年
4月27日 天皇賞 2着 横山 典弘 1着 田原 成貴 3着 武 豊
対サクラローレル - 2勝3敗 0勝3敗
対マヤノトップガン 3勝2敗 - 1勝2敗
対マーベラスサンデー 3勝0敗 2勝1敗 -

 サクラローレルとマヤノトップガンが初対戦したのは、1996年春の天皇賞。 マヤノトップガンは前年、菊花賞と有馬記念を制し、前走阪神大賞典で三冠馬ナリタブライアンとのマッチレースに敗れて2着。 一つ年上のサクラローレルは前年両前脚深管骨折で長欠したが、中山記念で復活勝利し重賞2勝。 後の3強の内2頭が対決した天皇賞であったが、ローレルは伏兵扱いで離れた3番人気(14.5倍)。 復活したナリタブライアン(1.7倍)と、差のない競馬をしたマヤノトップガン(2.8倍)の2強の様相であった。 レースはスローペースの中、折り合いを欠いたブライアンの早め先頭を差し切ってサクラローレルが優勝。 トップガンも同様に折り合いを欠いて、こちらは5着だった。

 7月に施行時期が遅れた宝塚記念を嫌いサクラローレルは秋に照準。 他の有力馬も相次いで回避する中、マヤノトップガンが圧倒的人気に応えて3つ目のタイトル。 両者は秋の天皇賞のステップにオールカマーを選んだ。 一騎打ちムードの中、ローテーションに余裕を持ったサクラローレルが、トップガンマークから内を掬って差し切り快勝。 トップガンは3番手から早め先頭。馬場の影響からか、先行2頭も交わせず4着。

 ローレルとトップガンがG1で初対決した頃、マーベラスサンデーは900万下で長欠復帰。 95年3月の段階ではトップガンよりも上のクラスにいたが、骨折によりクラシックには参戦できず。 復帰後、初夏から秋にかけて重賞4連勝を含む6連勝。京都大賞典を勝って、秋の天皇賞へ名乗りを上げていた。

 3頭が初めて顔を合わせたのは、秋の天皇賞。 1番人気は前走オールカマー快勝のサクラローレル。6連勝中のマーベラスサンデーが続き、 4歳馬(現3歳)ながら菊花賞を回避して天皇賞へ進んだバブルガムフェローが3番人気。 マヤノトップガンは前走の敗退が響いて4番人気で、まだこの時期3強とは呼ばれていなかった。 出遅れた8枠サクラローレルが後方から、アガリは最速だったが直線は狭いところに入って進路をなくした。 マーベラサンデーは後方のローレルを待って追い出したが、前を捉えきれず。 マヤノトップガンは2頭より前で競馬をしたが、早め抜け出しのバブルガムフェローに惜敗し、3頭とも敗退した。

 3頭は揃ってジャパンカップを回避し、有馬記念に照準を合わせた。 高松宮杯後に屈腱炎を発症したナリタブライアンが9月に引退。バブルガムフェローが休養。 G1馬が9頭出走したが、中距離路線で活躍するこの牡馬3頭がようやくこの有馬記念で「新三強」と称されることになる。 レースではファン投票1位のマヤノトップガンが番手でレースを進め、単勝1番人気のサクラローレルは中団から。 マーベラスサンデーは先団で前後にライバルを見る厳しい展開。 マヤノトップガン、マーベラスサンデー、サクラローレルと前から順に仕掛けていき、 4角外で三頭が並びかけようかという展開は、正に三強の様相だった。 一旦はマーベラスサンデーが先頭に立ったが、サクラローレルが外からこれを交わし優勝。 マヤノトップガンは直線やや早い段階で脱落し7着と初の掲示板外となった。 また、このレースのみで875億円を売り上げ、ギネス記録となっている。

 翌年はサクラローレルが軽度の骨折でステップを使えず、 マヤノトップガンが阪神大賞典を超後方待機策から3角大捲りで快勝。マーベラスサンデーは大阪杯を危なげない走りで圧勝した。 唯一順調ではなかったサクラローレルだが、有馬記念の内容と前年度覇者として単勝1番人気。 以下マヤノトップガン、マーベラスサンデーと続き、この3頭だけが単勝一桁人気であった。 前走阪神大賞典で新たな脚質を見出したマヤノトップガンが後方から。 しかし掛かり気味に行きたがり、サクラローレルの内がぽっかり空いてしまい、一気に前進。 1周目のスタンド前で内に閉じ込めて落ち着きを取り戻し、意図する位置まで下げた。 マーベラスサンデーはサクラローレルを意識してこれをマークし、3頭は秋の天皇賞、有馬記念とは逆の位置取りでレースを進めた。 サクラローレルが向こう正面で一気に仕掛け、これをマークするマーベラスサンデーも進撃。 この2頭が動いたことで、レースが一気に加速し、有力他馬も加速。 ただ内に閉じ込めていたマヤノトップガンはこれを見るようにじっと我慢の3コーナー。 マーベラスサンデーとサクラローレルが競り合いながら4角から直線へ。 大外回ってマヤノトップガンが残り100mで登場すると、2頭を差し切って優勝。 勝ちタイム3分14秒4は当時2.7秒を塗り替えた世界レコード。

 この後はサクラローレルが凱旋門賞挑戦のためフォワ賞に出走するも、屈腱不全断裂で引退。 マヤノトップガンは京都大賞典で復帰予定だったが左前脚浅屈腱炎で引退。 マーベラスサンデーは2頭不在で絶対に落とせない宝塚記念を快勝し、秋のリベンジを誓ったが、 新三強がG1馬として激突することはなかった。


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